名古屋高等裁判所 昭和25年(う)837号 判決 1950年7月19日
被告人
伊藤重雄
主文
本件控訴を棄却する。
当審において生じた訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
弁護人堀部進の控訴趣意について。
仍て案ずるに被告人が論旨摘録の勾留状により勾留せられ、その勾留状の被疑事実の要旨欄に論旨摘録のような記載の存すること及び被告人が昭和二十五年三月十四日附起訴状により横領罪について起訴せられたことは本件記録に編綴せられた勾留状及び起訴状の各存在並びにその各記載によつて明らかである。
而して論旨はかように詐欺の被疑事実によつて勾留せられたものを横領の所為ありとして起訴する場合には検察官は一旦被疑者を釈放してあらためて横領の事実について勾留状を請求する手続をとる必要があるのにこの点について何等の手続を尽すことなく右の如く起訴し、原裁判所も亦これをその儘受理したのは刑事訴訟法第三百七十八條第二号に所謂不法に公訴を受理した場合にあたるものであると非難しているのであるが、右起訴状の公訴事実の記載によれば被告人は昭和二十三年七月末頃星合喜男よりベルトの交換方斡旋の依頼を受け、同人所有のヅツク製巾四吋(一件記録に徴し巾三吋の誤りと認める)長さ三百十尺のベルト一本を占有中擅に之をその頃名古屋市中村区中島町一丁目鼻緒業村治某方に於て、同人に対し金二万五千円で入質横領したものであるとせられており、之と右勾留状の被疑事実の要旨欄の記載とを比較検討してみるに両者には全く同一性を存していて一つの事実が本件捜査の当初において詐欺罪の嫌疑を受け、捜査が進展して起訴せられるに及びその詐欺罪と考えられていたところのものが実は横領罪であるものと見改められたのに過ぎなく、別個の事実に属しておるものではないから所論のように一旦被疑者を釈放し、あらためて横領の事実について勾留状を請求する手続をとる必要はないものと認められるのでこれと異る見解に立脚せる論旨は既にこの点において理由がなく、仮に勾留処分に関して所論のような過誤があつたとしてもそれは不当勾留の問題を生ずるに止り、公訴の提起に何等の消長を及ぼすものではないので、その理由によるだけでは公訴の受理が不当であるものとはなし得なく、その外刑事訴訟法第三百三十八條又は第三百三十九條によつて公訴棄却の裁判をなすべきに拘らず事件の実体に入つて裁判をなしたような公訴の受理を不法となすべき事由も見出し得ないので論旨は之を採用しない。
(弁護人堀部進の控訴趣意)
原判決は不法に公訴を受理した違法がある。
被告人は昭和二十五年三月六日津地方裁判所裁判官平谷新五の発した勾留状により勾留されたもので、右勾留状記載の被疑事実によれば被疑者は昭和二十三年七月末頃の昼過ぎ頃河芸郡一身田町大字七百番地星合喜男(四十九年)に対し、ベルトの交換を斡旋する意思がないのに拘らず、その意思があるかの様に装い「ヅツク製幅四吋長さ三百十尺のベルトと被害者所有の後記ベルトと交換方を斡旋してやるから直ぐ被害者のベルトを送くれ」と申向け、その旨同人を誤信させた上同人所有のヅツク製ベルト(幅三吋長さ百十尺)時価二万八千円位を同年八月八日に三重定期津運送店に託し、被疑者宛発送させてその交付をうけてこれを騙取したものであるとなつている。
然るに同年同月十四日付の起訴状によれば横領として起訴せられたのである。右のような場合には検察官は一旦被疑者を釈放し、あらためて横領としての勾留状を請求する手続をとる必要があるのに何等なすこともなく、原裁判所も亦これを受理したのは刑事訴訟法第三百七十八條第二号に規定する不法に公訴を受理した場合に該当するので、同法第三百九十七條に依り原判決を破棄する旨の判決を求める次第である。